テーマ:詩・エッセイ

ツイッタ―で言ったぁ詩⑥

2011.9.4 希望という言葉が踊る 踊るだけで 何処にも行かない だって方向がわかってないんだもの 地図は失われ 何とか見つけようとしても 利権や思惑や立場や建前なんかで異なるもんだから 何が何やら 誰が誰やら 行き先真っ暗 小さなともしびを掲げているひとの せめて そのともしびだけは消すな  2011.9.5 絶対このひ…
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ツイッターで言ったァ詩⑤

 なあ~んだか忙しいのかヒマなのか、ワケワカラン昨今です。ツイッターでの即興詩のみです。カミュの『異邦人』なんぞを久しぶりに開き、若い時には理解できなかった主人公が、今はぴたりと隣人です。  2011.8.3 入道雲の下 声を限りの蝉の命 いくつもの夏があって いくつもの夏に それぞれの光と影があった そのいくつかは薄くなり い…
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ツイッターで言ったぁ詩、コロンボもろもろ

 人に会うたび、「暑いですねえ」という言葉が交わされるが、誕生月であるせいかどうか知らないけど、「夏は好きなんです」と言うと、たいていの人は驚く。ま、アフリカ人もびっくりしたという湿気の多い大阪の夏だから仕方がない。  昨夜から、ピーター・フォークさん追悼ってことで、『刑事コロンボ』の厳選3作が放映されている。体型とか、どこかむさ…
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思い出はモノに染みつく

 蒸し暑かったり、妙に肌寒かったり…変な初夏である。5月の梅雨入りというのも異変だし、沖縄は観測史上最速の梅雨明けとなった。  先日、夏服と冬服の入れ替えをした。年2回、一枚一枚、服を手に取り、その居場所を変える時、幾つもの思い出が甦ってくる。これは、おばあちゃんが買ってくれたTシャツ、これは、あのひとと出逢った時に着ていた服、こ…
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ツイッターで言ったぁ詩②

夢って何だっけ? 夢って、いつか届くものだったよね? でも、夢は夢のまんまで、今じゃ夢という言葉がどこか恥ずかしい 叶った夢は幸せですか? 叶った夢は現実になって、夢みていたのとどっか違う? 夢は追いかけていくもの 追いかけて、追いかけていくもの 追いかけるのがしんどくなったら?  う~む、かなり疲れてるナ。何が何してどう疲れてる…
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ツイッターで言ったぁ詩①

 もともとコピーライターですから、何文字でとか、何行でコレって言われると、筆に注ぐ気持ちが高揚する。で、ツイッターの140文字きっちり(改行とか読点、句読点を含め)で、詩を書いていこうと思った。ツイッターにはその都度アップしていくけれど、こっちには時々まとめてアップしていこうと思うので、よければ、ぜひ読んでください。 2011.5…
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人生の一瞬の光に

 ひとと会い、別れ際に「じゃあね、また」と言うが、本当に“また”があるかどうかわからないと思い、少ししみじみするようになった。  ずいぶん前に書いたわが小説『ちぎれた線』の冒頭はこうだ。  人生は、限られた長さを伸びゆく直線だ、と思うことがある。それが、全方位的な無限空間に浮かんでいる。交わる線もあれば、全く交わらない線だっ…
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オサマはオバマにこうなった

 今日は衝撃的なニュースが世界を駆けめぐった。あのオサマ・ビン・ラディンが、アメリカによって殺害され、遺体も収容されたという。夕方のニュースでは、肩車された女性がガッツポーズしてるようなニューヨークの映像もあった。  そのニューヨークの女性の映像は、まるで、ロック・コンサートで盛り上がっている姿と変わらないようにも見えて、なんだか…
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「終わりよければすべてよし」

 カチンコまで出てきたのには驚いたが、女優さんを意識した演出の見送り方だった。「幸せな人生でした」と言えるひとがいったいどのくらいいるだろう。  もちろん、表からは知りえないことがいっぱいあるだろうが、自分の人生が幸せだった、と心から思って最後の日を迎えられるひとは、それだけで幸いなるかな、である。「終わりよければすべてよし」とい…
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時代、ぎゃっ

 おもろいことがないにしても、  おもろいことを創っていこう、ぎゃっ  おもろいことはどこから来るか  おもろいことはアタマん中だ、ぎゃっ  だれかがせせら笑ったあん時  だれかが無視したあん時、ぎゃっ  だれかの笑顔にちょっと返す  だれかの言葉にちょっと夢見る、ぎゃっ  ぎゃっ、ぎゃっ、ぎゃっ、ぎゃっ  ぎ…
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原発に関しては、“一歩後ろ“を願いたい

 新しい技術が文明を豊かにするという神話は、この事故で大いに壊滅したか、と思ったが…。  お昼のニュースで、中国での新・原発建設地に村民を招いての大キャンペーンを報じてた、安心・安全。こういう風景は何年か前に日本の各地でも行われていたのだ、お土産まで持たされて。人の命を犠牲にする危険性のある新技術が本当に必要なのだろうか。前にも書…
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“生活の過剰”である芸術、今こそ

 4月7日付毎日新聞の朝刊のコラム『余録』に響いた。関東大震災に遭った後の菊池寛、正宗白鳥、芥川龍之介の言葉が記されている。  「我々文芸家にとって第一の打撃は、文芸ということが生死存亡の境においては、骨董書画などと同じように、無用の贅沢品であることを、マザマザと知ったことである」(菊池寛)  「数分間の大地の震動に比すると…
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リビア!そして東京都知事選。

 今は、3月11日の震災(NYのテロも11日だった。歴史の中で、なぜか11日には大きなことが起きているらしい)の報道いっぱいで、みんな頭も目も心もそっちに行かざるをえないが、一方、リビアでは…。  空爆が行われ、一般市民が亡くなってる。空爆とは、無差別殺人に等しい。日本の援助に来てくれているアメリカが、同時にリビアの庶民を殺してい…
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桜、あっちっち。

 あっちゃこっちゃで、桜が咲き始めた。春が来れば桜が咲く、その当り前が今年は不思議な気もするのである。  天変地異があろうと、人の心が叩き潰されていようが、桜は咲く。それを凄いと思うか、酷いと思うかは、そのひとが置かれている心の在りかによる、  春先と夏の終わり、年末は、私には苦手な季節だ。メランコリーに操られ、術もなく、た…
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生活のにおい

 注文建築の一戸建てを拝見する機会を得た。今は、“見せない収納”が流行のようだけど…。  人生を重ねていくと、どうしてもモノが増える。最近提唱されているように、一つのモノを買ったら、一つを捨てる、そうすればモノは増えない、そりゃ計算ではそうなるけど、どうしても捨てられないモノは、人生を重ねればますます増える。で、収納スペースの多さ…
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惑いの時代に

 「まどひ来て 悟り得べくもなかりつる 心を知るは心なりけり」(西行)  今夜はこんだけ。あなたに素敵がいっぱいありますように。
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こんなさびしい夜は

 こんなさびしい夜は  あなたと一緒にいよう   遠い日に見上げた空  遠い日に吹いてた風  こんなさびしい夜は  あなたと一緒にいよう  遠い日にきらめいた星  遠い日に微笑んだ月  今それが身近でなくっても  みんなそばにいるよ  どこかの誰かの  あなたと一緒にいたい  そんな切なさが低く永く歌って…
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そばにいるよ

大きな扉(ドア)がぽんと開いて 小さな扉(ドア)から出ていったよね 覚えているかい? こっちの世界 忘れちまった? そっちにいれば いつもいつも そばにいたよ いつも今でも そばにいるよ 見えないだけ 聞こえないだけ 誰もがたどる道だから 心配しないで 見つめているよ 遥かな夢は遥かなままで かすかな希望を探…
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自転車に乗って図書館へ

 調べ物があって、大阪府立中央図書館へ。駅でいうと3つ向こう、これまで電車で行ってたんだけど、前に書いたとおり、大阪市地下鉄と近鉄けいはんな線が相互乗り入れしている区間で、片道400円もかかる。  大阪の中心街から京都へ行ける金額を、なんで、うちから3つ向こうの駅に行くのに払わなあかんのか、という不満が、あ!そうだ自転車があるやん…
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竹内志朗さんという必殺仕事人

 縁あって、本日夕刻より、テレビや映画のタイトル手書き文字職人であり、舞台装置デザイナーでもある竹内志朗さんのお話を聞かせて頂いた。うーむ、必殺仕事人であーる。  「剣客商売」「夫婦善哉」「新婚さんいらっしゃい!」「プロポーズ大作戦」「熱闘甲子園」などの手書き文字は彼の作品である。今、テレビのテロップはすべてコンピュータになったが…
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秋の呪文

 My Love, My Angel. My Otherself, My Darling… 。祈りのようであり、呪文のようでもある。My Love, My Angel. My Otherself, My Darling… 。  金木犀の香りがする街で、ふと耳にして振り返った。だけど、誰もいない、だあれも。それなのに、そのひとは確か…
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失われていき、金太郎飴になる

 以前、うちの近くに老夫婦が営む小さな居酒屋があった。銭湯の隣にあったので、「お風呂屋の横に行こか」と言って、たまに家族で出かけたものだ。お風呂帰りのおっちゃんおばちゃんたちがふらっと立ち寄る店で、カウンターがあるだけ。但し、長居もできるよう椅子はちゃんと備わっていた。凝った料理なんてない、おでん、焼き物、揚げ物、炒め物、刺身などシンプ…
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詩人・金時鐘さんの名言

 ちょっと元気がなくなった時、幾つかの言葉を思い出す。「人はめいめいが自分の詩を生きている」という、時鐘さんの言葉に、直に、あるいは文章で何度触れたことか。  待ったなしのお仕事を頂くと、ついつい新聞はざっと一面に目を通すぐらいで、“まだ読んでない新聞”として部屋の片隅に山と積まれ、結局、新聞が旧聞になってしまうのだけど、新聞のい…
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ミッシェル・ポルナレフの歌で還ってくるもの

 いま聞くと、砂糖菓子のような曲もあるが、優れたシンガーソングライターであることは間違いないミッシェル・ポルナレフの歌は、しばし青春の陰と陽に潜り込ませる。  すれ違った人の香水で、ある街を想い出すこともあるし、懐かしい曲で過ぎ去った日々のあれこれが甦ってくることもある。フレンチ・ポップスの旗手として登場したミッシェル・ポルナレフ…
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議論の“判断材料”にされた死刑執行

 手元に2009年6月17日付の新聞に寄稿された辺見庸さんの記事がある。このたびの千葉法相に関する報道を知り、再び読んでみたくなった。  辺見庸さんの記事のタイトルは、「犬と日常と絞首刑~国家“演出”の儀式 この国に融けこみ 個人は口つぐむ」である。ある時、辺見さんは飼い犬のトイレの掃除をしている最中に、背後のテレビから流れるニュ…
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欠落の空

 はじめから、失われているのだ  奪われたわけではない  だから、奪ってはいけない  失われていることにもっと慣れなければ  ぴっと路地を走っていった  あれは、野良猫  この寒さに傷ついていないか  ひもじくはないか  家族は、仲間は、いるのか  無謀に疾走してくる車から身をかわせているか  失われつつ増殖…
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風のあしあと

 え、なあに?  なんて言ったの?  振り向いてみたが  誰もいない  だあれも  季節はずれの枯葉が  風に舞っているだけ  いや、花びらだったのか  私だけにわかる声が  風に乗って届いた  一瞬現れ  一瞬で消える  夢であり現であり  歴史であり幻である  なあに?  今、なんて笑っ…
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浅田真央ちゃんの一瞬

 バンクーバー・オリンピックのフィギュア・スケート、個人的には、躍動感のある鈴木明子さんにエールを送っていたが、銀メダルとなった浅田真央ちゃんの演技直後の言葉に、ふと立ち止まった。  「本当に長くて…、あっという間でした」。無念の涙をぽろぽろとこぼしながら、彼女はその言葉を振り絞るようにして繰り返した。何が長くて、何があっという間…
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言葉は、言う葉っぱ

言葉は、言う葉っぱ  枯れた葉っぱがある  紅葉と呼ばれるまでの時を重ねていないのに   ずず黒い色をまとっている  虫に喰われたのか(それなら哀しいが)  もともとそういう姿に位置づけられていたのか(それも哀しいが)  その無残な色よ、形よ  でも、気づいていない葉っぱは  自分も緑の葉っぱと同じだと思い込み  …
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どんなふうにして

 どんなふうにして、気持ちを伝えられるんだろう  高価な贈り物…それは違う  オー・ヘンリーの短編『賢者の贈り物』  相手の喜ぶ顔を見たいがために  自分の大切なものを売ってしまった夫婦  プレゼントはそのために用無し  なんて酷い、でも、なんて素敵  これ以上の気持ちの伝え方があるだろうか  ひとは大きなもののほう…
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