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zoom RSS 生と死はひとつなんだろうな

<<   作成日時 : 2010/04/07 22:23   >>

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 先日の毎日新聞に載ってた青木新門さんの「死を受け入れ『着陸態勢』をとる」という記事にいたく心が動いた。

 青木新門さんは、葬儀会社での体験を「納棺夫日記」として綴ったが、かの有名な映画「おくりびと」の原作者となることは辞退したという。その理由は、「永遠が描かれていない」「残された人の苦しみをいかに癒すか、今がよければよいというところで終っているから」なのだそう。

 この記事の中から、胸に留めておきたくなった言葉。

 「今日の社会は生にのみ価値をおいて死を隠ぺいして生きている。…青春は美しいが老は醜く死は忌み嫌うものという概念にぶちあたり不安になるんです」

 「秋の紅葉が美しいのは温度変化に対応しているからです。人も老という環境変化に対応した時が一番美しい。そう気付いた時、死もまた美しいと実感するようになったのです。着陸態勢に入り死を受容した人たちはみんな、にっこり笑ってありがとうと言って死んでいきました」

 「人は先行きが不透明だと不安になるものです。私は人が死んだらどうなるのかと真剣に考えながら納棺していました。やがて、なんだそういうことだったのか、と死にゆく人や死者から行き先を教わり死を恐れなくなりました」

 「私はお金や物にはほとんど執着がありません。それに死を克服してからは年中幸福です。最近は毎日少しずつ本を捨てています。知識、物、地位や名誉を捨てるともっと楽になるんです」

 青木さんの言う“なんだそういうことだったのか”とは、何だろう。執着、煩悩を捨てるということに関係しているのだろうか。その“行き先”とは何処なのだろう。

 あれを手に入れたい、こうあればもっと幸せなのに、という執着から逃れることができれば、たぶんもっと、ひとの心は澱みない川でいられるだろう。

 私たちは何処から来て何処へ行くのか。人類が打ち立てたどんな偉業も、とびっきりのロマンティックな恋も、ある日ある時、太陽が爆発したり光を発するのをやめたら、すべて消え失せてしまう。宇宙時間から観ると、あ!とも言えないちっぽけな時間を、それでも私たちはとにかく生きている。

………
 あなたにいっぱいの素敵がありますように。

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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
猫式部さんこんにちはー
「寒い寒い」から一転、春爛漫ですね

青木新門さん、わたしもショックを受けました。
昨年遅ればせながらユニバーサルシアターで「おくりびと」を観て、うーん?言葉にならない違和感を覚えて。それが何なのかわからなかったところ、青木さんが示してくれた気がしました。
http://www5a.biglobe.ne.jp/~shinmon/zennichibutsu.html

ただ、映画としてはあれでよかったんやなあと
「納棺夫」という職業にスポットを当て、北国の景色、誰もが悲しみを背負いながら生きていること、笑顔の深さを堪能できるものでした

年を重ねるごと、自分でも驚くほど執着がなくなってきたと思います。が、
“なんだそういうことだったのか”、
ほんと、どういうことなんでしょうね。
きっとこういうことかな?と、想像しながら
青木さんの見据えられる域にはまだまだ、、、
(服は捨てられても本は捨てられへんし笑)

三度笠
2010/04/10 05:56
三度笠さん♪
こんにちは。コメントをおおきに!ありがとうございます。
ほーんと、春らしくなってきましたね。

悩んで悩んで、一所懸命考えてこそ、青木さんのような境地に辿り着けるのでしょうかねえ。商業的なスタンスを余儀なくされる映画では、やはりある意味、受け狙いも必要だったのだろうと思っています。あの映画はひとの尊厳を描いていて、私も、あれはあれで良かったと感じています。

本は捨てられませんねー、やっぱり。どころか、読むのが追っつかず、増え続けていくばかりなり、です。
猫式部
2010/04/10 17:27
ねこさん♪いつも有難うございます。
お釈迦様がお示しになられた「四苦」。つまり「生老病死(しょうろうびょうし)」は実は連続したものなのです。科学的教育の結果、それぞれがバラバラに捉えられてしまうようになってしまったようです。特に「生死(しょうじ)」はね。生きていることがよいことで、死ぬのは悪いこと。果たして本当にそうでしょうか?「豊かで幸せな長寿社会」を日本は目指したはずなのに、今や・・・・
ちなみに、あきらめ上手は受け入れ上手だと思います。
ちなみにちなみに、この世に生をうけたもので必要のないものなんていないのです。
何だか矛盾しているようですが、皆様、死ぬまで生きて生きて生きぬきましょうね!
それが人間の「業(ごう)」なのですから。
おかげさまで有難うございます。ってね。合掌
天福坊じそう
2010/04/11 00:59
天福坊じそうさん♪ コメントをおおきに、ありがとうございます。

生老病死は連続したもの、つまりそれらすべては一つのものなんやなあ、と理解しています。こういうことに目が行き、こういうことに心を惹かれるのは、年を重ねてきたからなんでしょう。そういう意味でも、年をとるということは、なかなかイイもんだと感じ始めています。

しかし、ほんとに、私たちの『行き先』は何処なんでしょうね。死んでみないとわからない。ま、そんな先のことを考えるより、一日一日を楽しく過ごせるようにするのが一番かも、ですね。
猫式部
2010/04/11 10:48

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