『100万回生きたねこ』の愛と憎

 なんだかいきなりヒマになっちまったんで、本の整理など少しばかりしながら『100万回生きたねこ』を久々に開く。

 佐野洋子さんのお話と絵。子供向けというより、大人になってからこそじっくり読み返したくなる絵本の傑作だが、つくづくこれは、或る意味変なブラックジョークであり、或る意味人生とか恋愛の真髄であり、そうして人生とか恋愛も或る意味ブラックジョークなのかと思ったりする。

 いろんな人に愛されたのに、そうした人たちが嫌いで、そっぽ向いて平然と生き返ったねこ。心底惚れ込んだ白ねことの出逢いで変容するねこ。

 100万回生きようが、逢いたいものに出逢えなければ意味がないというふうにも取れる。いくら愛しても、相手がそっぽ向いてたら、それは片想いとして片づけられていくのだとも取れる。しかし、そっぽ向いてなくて、一見、俗世間的に幸せそうに見えても、相手の本当のことはわからない、そうしてみ~んな一人ぼっちで死んでゆく。本当のことなど知らないほうが良いのかもしれないとも取れる。愛し愛されているんだと信じ切っていることができれば、これほど幸せなことはないんだけど、そうは問屋が卸さぬこの世知辛い世の中。

 けしてハッピーエンドの形態を取らずして、でも、これはシニカルにハッピーエンドなのかもしれない。苦くて、切ないハッピーエンドだってあるのさ、と、ねこは語っているのか。

 いつまでたっても、“夢見る夢子さん”とからかわれている。男の人に夢を抱き過ぎるのが、あたしのやるせなく阿呆なとこ。でも、どうせなら、このまんま、夢子さんのまんまで行こうぜ!というより、行くしかないかな。

 あなたに素敵がいっぱいありますように。


100万回生きたねこ (佐野洋子の絵本 (1))
講談社
佐野 洋子

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